人は生まれた次の瞬間から 死という人生の終着点に向かって走っていく
喜びに 哀しみに 冒険に 恋愛に 限られた心拍数を鳴らしながら
しかし 死 から切り離された存在なら 走る必要は無いだろう
歩いても 走っても 迷っても 辿り着く先は無いのだから
「マルコ隊長!」
ガヤガヤと賑わう宴の最中 高く澄んだ声が俺の名を呼んだ
体勢は崩さず首だけを声のする方へ向けると 長い黒髪を高く1つに結わいた女クルー、が歩み寄って来た
は俺の横に並び 同じように手すりに体重をかけ 暗く先の見えない海を眺めた
左手にはグラスに半分残ったラム酒 それをコクリと一口飲み ため息を吐き出した
風に乗ってラムの香りが鼻腔を通り過ぎる それに触発された感覚が口寂しさを覚える
そして パンツのポケットに手を伸ばし くしゃくしゃに突っ込まれた煙草を一本取り出し 指先の青い炎で火をつけた
「この間の返事、変わりませんか?」
少し酔っているのだろうか の大きな瞳は心なしか潤んでいた
小柄な体型故 下からチラリと見つめられる
(そんな捨て犬みたいな顔すんじゃねぇよぃ・・・)
悪いことをしている訳ではないのに 悲しげなの表情を見ると どうしても首を縦に振りたくなるのは惚れた弱みだろうか
「あぁ、悪いが変わらねぇよぃ」
夜の所為か 酒の所為か いつもより妖艶な雰囲気を纏うの瞳を見つめると
気持ちが揺らいでしまいそうで 関心のない素振を装い 暗い海に視線を落としながら答えた
いつもは五月蝿いと感じる仲間達の騒ぎ声も 今だけはもっと大きく響いて欲しいと思ってしまう
そして この重い沈黙を打ち破って欲しい と 他力本願な逃げ道を求めてしまう俺は どうしようもない
「私のこと、好きではないですか?」
穏やかな夜の波音にさえも飲み込まれてしまいそうな 不安気な声色で問いかける
握り閉めた小さな右手 伏せられた瞼 下唇をきゅっと噛締める小さな唇
その小さな右手を掴んで 伏せられた瞼を指でなぞって 閉じられた唇に欲望をねじ込みたい
しかし 彼女の告白を断った俺に それらを望む権利など無い
この先 が俺への想いを断ち切って 他の男を好きになろうとも そいつに抱かれようとも それら一切を邪魔する権利は無いのだ
こっそりと心の奥底で嫉妬に苛まれながら 笑顔で祝福する道しか選べない
「若い奴は前向きでいいねぃ」
嫌いですか そう聞かれれば ノー と答える そこには好きの感情も無条件に含まれるからだ
好きではないか と聞かれれば ノー とは答えられない それは明確に好きであることを示すからだ
かといって イエス とも答えられない俺は本当に中途半端だ 答えられないくせに想われていたい そんな虫のいい話がある訳が無い
結局 確信には触れないように答える
「マルコ隊長が私を見つめる時、その視線に欲情の色が含まれている、そう感じるんです」
「・・・・そりゃ、気のせいだろぃ」
「その視線に射抜かれて、喜び期待に震える自分が居ました」
「、だからそりゃぁ、気のせ」
「そして、私はマルコ隊長が好きなんだと気づいたんです」
柔らかく微笑むの笑顔に 真っ直ぐに吐き出された思いに 偽りの言葉が行き場所を失う
の言った事 感じた事は全て事実だ 俺はが好きで好きで仕様が無い
海賊船に乗り 多くの修羅場を潜り抜け 多量の血をその身に浴びても の瞳はいつも清廉潔白だった
小柄で線の細い体つきであるにも関わらず 決して甘えを求めたりはしない意思の強さを持っていた
そんなが 人一倍努力してきたこと 人目に隠れて涙を流していたこと 全部全部見守ってきた
何度もを想い自らを慰めた 夢の中では我武者羅に抱いた 視界に入れれば邪心を拭い去ることなど出来なかった
それ程までにへの思いは募っていった きっともう限界が近い
「俺は、死ねない体なんだよぃ」
悪魔の実を口にして不死身の体を手に入れた その力は海賊の俺にとって大きな糧となった
鍛錬に鍛錬を重ね 白髭海賊団の一番隊隊長を任せられる程に その力を 己自身を成長させた
しかし気づいてしまった おれ自身は不死身の体であっても 仲間はそうではないということに
戦いの最中 仲間を何人も失ってきた 親父だって最近はナースに酒を止められるようになった
どんなに強い人間でも どんなに偉大な人間でも 人間である限り平等に老いは訪れる
一人 二人と仲間の命の灯火が消え逝くのを見守り 亡骸を葬り 大きなこのモービーディック号に 一人残された自身を想像する
「恐ろしい能力だねぃ」
だから これ以上失う者を増やしたくない そんな臆病な考えに囚われる
それ以来 新入りに深く関わらないようになった 大切な人間を増やさないように
いつか迎えるであろう 一人取り残された世界に備えるために
だから への想いは告げたくなかった 一歩踏み出せば止めることなど不可能であるとが分かっていたからだ
愛し愛され 深く交わってしまえば 失った時に深い傷を負う それでも死ぬことの出来ない俺はどうすればいい
導き出された答えは 想いに蓋をすることだった 開かないように 漏れないように 硬く 硬く
「・・・マルコ隊長は、怖いんですね?」
は突然 空になったグラスを海に放り投げ 白く細い両手を腰に回し抱きついてきた
振りほどけない力ではなかった それでも振りほどけなかったのは 硬く閉ざしていた深層心理に なんの前触れも無く踏み込まれたからか
「怖がらなくて大丈夫ですよ、私は貴方を一人にしません」
そう言っては 俺の胸板に刻まれた刺青に小さく口を落とした
「お前は死なないとでも言うのかぃ」
「いいえ、死にますよ」
クスリと笑うの吐息が肌に触れてくすぐったい
「私が死ぬ直前、隊長を抱きしめたまま海に身投げをして差し上げます」
「・・・成る程。 悪魔の実の能力者な訳だから、それなら死にそうだねぃ」
「でしょ? それを踏まえてもう一度、この前の返事を聞かせて頂けませんか?」
可愛い顔して小悪魔のようにニヤリと微笑むの小さな唇に唇を重ねる
それは夢でしたよりも ずっと柔らかく 暖かな感触だった
「・・・今のは、yesと解釈しても宜しいですか?」
「それ以外何があるんだよぃ」
の細い手首を掴んで自室に連れ込む ベットにゆっくりと押し倒し 本日二度目の口付けを落とす
「隊長、好きです」 と何度も何度も言うに 「知ってるよぃ」 と相槌を打ちながら 服を脱ぎ捨て深く交わる
この恋の結末は溺死 バッドエンドが見えているこの恋の始まりに 二人して溺れる
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